といてら のワークショップはtoiee-Labの学習理論に組み立てられています。

大量生産時代の個性を殺してしまう教育ではなく、江戸時代にあった寺子屋のような、その人の成長にあった学び方で強みを伸ばし、その学習スタイルを常に変化させて成長していく学び方を提供します。

toiee-Labチームの Mission

ラーニングをデザインすること(分析、設計、ファシリテーション)によって、「学べなかったものを、学べるようにする」toiee-labの学習理論に基づいたワークショップを全国で開催し、多様性を受容する学ぶコミュニティを生み出し、真に豊かな人生を歩む手伝いをする

Our Values

共に学ぶ

共に学ぶ

 

自らが良き学びてとして模範を示す

教えるのではなく、共に学ぶ

探究心=学習

探究心=学習

 

好奇心、情熱、探究心

終わりのない改善

自律性、自主性

予期せぬことから

予期せぬことから

多様性、他者から学ぶこと

予期せぬことに、意識を開く

Our Goal

全国津々浦々で、人の学習を改善され続けている状態を作り出し、人間特有の学び方を当たり前にしたい。
科学的なアプローチによって、「良い学習(前提を疑い、修正しながら、対象を学ぶ)」が「当たり前」の世界にすることができれば、世界はもっと面白くなる。
そう信じている学習ファシリテーターを増やし、一人一人が自分の強みに気づき磨き、改善して常に成長していく喜びに満ちている社会を作りだす。

プロフィール

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思った通りにいかないもんだ

 

パイロットの卵として、航空大学校を卒業しました。

私たちが卒業する1年前に石油ショックというものが起こり、
空前の不景気に突入。
航空会社への就職が閉ざされて、
SONYにいれていただいて、営業職を学びました。
営業職を2年6ヶ月やりました。


空が恋しくてしょうがなくなってしまいました。

その頃ヘリコプターのパイロットはまだ需要があったので、ヘリコプターの免許をとれば空への道は開けるかなと思い、会社を辞めてしまいました。
取得後、運よく
当時の東亜国内航空のヘリコプター事業部に就職できました。

ヘリコプター時代


東亜国内航空のヘリコプター事業部という部署で、ヘリコプターと小型ジェットで、フジテレビと産経新聞の取材飛行を担当します。

最初の取材は、ホテルニュージャパンの火事でした。
それからは、123便の事故、羽田沖、
普賢岳や、大島、三宅島の噴火、
私の飛行記録簿事故の歴史でした。
365日、いつ呼び出しがあるかわかりません。
電話がなると、ビックと緊張してしまう日々が続きました。

デジタルカメラが普及してきて、フィルムで撮ってそれを早く届ける必要がなくなり、航空機で写真を撮って急いで持って帰らなくて良くなりました。
航空機での取材がどんどん少なくなってきました。
またヘリコプター事業のマーケットも縮小し、ヘリコプター事業部も終わりを迎え、念願の旅客部門に移ることになります。

路線部門へ移る


DC-9という期待の副操縦士になるのです。会社も
東亜国内航空、ジャパンエアシステム 、日本航空と変遷して来ました。
なんとか、機長訓練をクリヤーして、憧れの4本線を巻くことができ、最後は、路線室長というDC-9型機の統括のポジションにつきました。

倒産そして病気


しかしさすがの日本航空も時代の波には勝てず、
乗り続けたDC-9も退役となった年、2010年に日本航空の破綻の時、早期退職を決断します。

最後にその機種の統括である私がラストフライトをする予定で進んでいました。


しかしそのフライトの10日前に下垂体に腫瘍が見つかりフライトを下ろされてしまいます。

まさか自分のフライト人生がこんな終わり方をするとは夢にも思っていませんでした。とは言え、無事故で終わる事が出来たのはとても幸せなことでした。

退職してからすぐに、検査と手術の日が続きました。
ある程度体が良くなってくると、もう飛べないという恐怖と、将来に対する不安で、夜中に飛び起きる毎日でした。

学び直し


この不安をなんとかしなくてはと、学び始めました。
学び始めると、少しづつ今まで見えてこなかったものが見え始めました。
わかったつもりのことが、実は全くわかっていなかったということもわかってきました。
「努力しなければ」が、不安を増長させる。


まず、大前研一さんのビジネススクールに入ってみました。
そこで、起業について学ぼうと思ったのです。
しかし、パイロットのことしか知らない人間にとって、
一般社会のことは、知らないことだらけでした。
名刺の交換の仕方から知らないのですから。

もっと、情報を知らなければいけないと思って、
まずフォトリーディングというものを学んでみました。


それからはマインドマップ、ヒプノセラピーを学び、
SpeedReading 、記憶術のインストラクターコースをとりました。

一生懸命に、勉強しなければ。
資格をとって、みんなに気づきをシェアするのは素敵だろうな。
たくさんの資格を取得すればそれだけ
自分の価値が上がるだろうと
漠然と考えていました。

その裏には、
不安で不安で、しょうがないので、
そこから逃げよう、逃げようと一生懸命に努力していることに
気づかなかったのです。
他人が成功したうまくいく方法を教わり、
資格を学んだとしても、未来に対する漠然とした不安はまったく解消されませんでした。

私達は〜をしなければ、~をやるべきだ、~を出来なければダメなんだ。
といつも何かに追い立てられるように生きて来ました。
そうして努力する事が善だと教わって来たのです。

このやらなければ、努力しないやつはダメなんだ。
そういう観念が私を縛りつけていました。
できないと不安で不安でたまらなくなるのです。
要は、資格や経歴、やり方の結果ではなく、
自分の内面の思考の方法を変えなければ、
世界はいつまでも不安だらけだということだったのです。


学ぶことで不安が消える


今、自分がいるのは、学習の賜物ですよね。
歩くことも、食べることも、喋ることも
すべてが、学習なんですね。
最近の脳科学(主に池谷裕二さんの著書)や、
大阪のtoiee-labのセミナーに何度も通って、学習理論を学びました。
本来持っている人間の学習能力を邪魔しないようにすれば、
人は楽しく学ぶことができるのだ。
年齢に関係なく、自分の未来を明るく信じることができるようになる。
ことを心から信じることができるようになりました。
人それぞれの多様性を認め、
自分の可能性、人の可能性を心から信じることができました。
怖い、恐怖、不安は、自分の学ぶ力に気づいていないだけだったのです。


これからの時代は私達の年代が、もっと自由に、
想像力豊かに人生を過ごす必要があると痛感しています。
今まで、目の前の事を処理することに追われて、
見えなかった事が、自分の行動や、結果を振り返ることで、
少しづつわかってきました。
こうして思う事は、 この世の中は個人個人の脳が作り出した世界であり、実際の世界は一人一人の頭にしか存在しない。
その世界を変えるのは、学ぶことによって、
自分の頭のプログラミングを変えていくことだということです。


期待は人に強要する
私は自分の子供たちに
自分の正しさを押し付けてきました。
努力も強要してきました。


子育てとはなんでしょう。
子供に対して、「こうなってほしい」
「こいう人間になってほしい」と考えています。
自分がなるべきだと思っている人間像をただ一方的に押し付けていただけでしたね。


今子育てを終えて思うことは
親のエゴを押し付ける接し方ではなく、
自然な学ぶ力を伸ばしてあげると、
親などいなくても立派にやっていける人間に育っていくのだと
思っています。


未来を担う子供達には,
もっと楽しくもっとおおらかに自分の可能性を伸ばせる能力がある事に気づいて欲しいと思います。
「笑顔で学ぶ」を皆様と一緒に味わいたい、
また子供の天才性をもっとのばしたい、
子供の笑顔をもっと増やしたいと願って、講師として生きて行こうと決意しました。