人を育てるリーダーシップ

人を育てる立場にいる時、
もっとも大切なこと。
「その人の可能性をその人以上に確信をしていること」
では可能性を信じるとは、どういう姿勢で相手に接すればいいのでしょう?

「今日は、どうだった?、何を失敗した?」

フライト訓練が終わった後は、必ず同期が様子を聞きにくる。

「いや〜、後ろの座席で油断していたら、マイクで殴られた〜」
なんて人の不幸を聞いて喜んでいる。

フライトの訓練のたびに、怒鳴られ、殴られていた。
当時は、自分ができないから仕方がないと思っていた。
「巨人の星」が大流行の時だったので、厳しい指導を乗り越えてこそ、成長がある。
そんな厳しさも乗り越えられないやつはダメなやつだと思い込んでいた。



今思えば、あんな嫌な辛い思いをしなくても、十分に技術を習得できたと思う。
「失敗したらダメだ」という恐怖感も擦り込まれずに済んだのではと思っている。

いつまでも操縦が上手くならなかったのは、自分の能力ではなく、教育の影響だと今は本当に思う。
失敗したらダメだという恐怖感で、視野は狭くなっていた。
トライする姿勢もなくなってきて、言われたことをうまくやろうとするばかりになる。
言われたことを繰り返しやって、上手くなる。
自分で考えてやっていないのでいつまで経っても、応用できるような技術が身につかない。
今でも、失敗のトラウマみたいなものが心の奥底に潜んでいて湧き上がってくる時がある。
教育は、人生に重大に影響しているように思う。

学習して成長することは本来人間が持っている本能なので、あんなに怒鳴られたり、殴られたりする必要はまったくない。

もっと楽しく成長できるはずである。

パイロットの仲間も、いっぱい教官に潰されていた。
立ち直れなくなった仲間や、後輩がたくさんいる。

人のいうことを素直に聞く、真面目な人間ほど、潰されやすい。


育てる側の人間は、厳しく教え込むことで人は成長する。
この教育の考えは、軍隊の教練から引き継がれているものが多い。
正しい姿勢を、直立不動の「きょうつけい」と思っている人も多い。立った時の正しい姿勢とはどの方向にも動けるリラックスした姿勢が正しい姿勢のはずである。
また典型的なものは、体育座り、
足をおり、膝を腕で抱え込む、その姿勢は手遊びができず、胸を小さく絞ることで、呼吸を浅くして、動きを止めてしまう。
まさに、管理するためのものである。

教育とは個人の欲求を押し込み、公共の利益のためになる人間にするようにすることである。
アインシュタイも言っている。
「私の学習を妨げたものは、私が受けた教育である」と言っている。

必ず人は、組織の中で、家庭で、遊びの中でも、人を育てるポジションになる。


人が、人を育てる目的ってなんでしょうね。

育てる人は、相手にどうなってほしいと思っているのでしょう?

多分、自分で考えて、自分で行動し、責任を取れる人間になってほしいと思っていると思います。
何かをやる前から細々とやり方を指示したり、アドバイスと称して、自分の意図に沿うように仕向けたいないでしょうか?
そんなことをして、自分で考えて行動できる人間になるでしょうか?


教そわるのではなく、自分で学ぶ人になってほしい。
そのためには、育てる人は、快適で、安心感のある学ぶ場と学びを改善し続ける状況を作り出すことが求められています。

このセミナーでは、そのためのマインドセットを学びます。

育てる人に最も大切なことは、
「その人の可能性をその人以上に、確信している」ことです。